新潟プロレス グレート小鹿

今夜の報道ステーション見てて、
なんだか、元気もらえました!

ニュースは、冒頭から、
新型コロナウィルスの感染事情のニュースが長らく続いて、
今後、日本国内、自分の地元も大丈夫なのだろうか?
とちょっと不安になってしまった後だっただけに、
良かったんですよね。(^^)

新潟プロレスの最年長レスラー、グレート小鹿さんの話

日本国内では、最年長の現役プロレスラーが
「 グレート小鹿」さん。御年、77歳 (゚д゚)!

正直、最初に年を聞いたとき、信じられなかった・・。
70代後半、普通なら、もう「お爺ちゃん」の年齢。

どう考えても、肉体的に、成り立たないはずだ!?と。

でも彼は、なんと、今でも、チャンピオン!!

インタビューを受けてる姿、
腰には、大きな、チャンピオンベルトをしていた。

本人も、「コイツを巻くとビシッと!するんです。」と
キリッとしたお顔で、コメントしてたのが、印象的でしたね。

全日や新日などのメジャー団体でない・・としても、
今なお、チャンピオンでいつ続けるって、本当にスゴいことです。

その強さを維持するために、
今でも、若手レスラーと同じメニューを日々こなして、
体を鍛え続けているという。

その生き様といい、気力といい、鍛え上げた体といい、
どう考えても、70代の方とは・・思えない。

定期的にやってる、団体内の健康診断で、お医者さんも、太鼓判!

今でも、グレート小鹿さんの体は、ガッツリ鍛えられてて、
筋力も衰えていないと!

例えば、腰のインナーマッスルの、
腸腰筋は、若いときの太いままをきキープしてて、
先生いわく、通常同年代の男性と比べて、3倍も太いという。

すべて驚きながらも、やはり地方団体だからなのか・・
なんて、ちょっとその体力的な凄さに疑いを持っていたら、

若き頃の「小鹿」さんが紹介された!

当時は、メジャーな日本プロレスにも所属していたし、
海外修行で渡米もしていたんです。
ヒール役で、存在感を発揮して、
ミル・マスカラスと抗争を繰り広げていたとか??

そして、1969年12月には、金網デスマッチで、
あのマスカラスを破って、
NWAアメリカス・ヘビー級チャンピオンにも
なったことがあるという?!
そんなすごい経歴も持っていました。

日本でプロレス人気がすごかった時代には

伝説のヒール、アブドーラ・ザ・ブッチャーや、ザ・ファンクスとも
戦ったりした、華やかなプロレス時代を歩んできた一人。

気になったので、グレート小鹿さんを調べてみた。

そうしたら・・・

そうなんです。自分の記憶の中には、
小鹿さんは、あまり印象になかったんですが、

彼の経歴や軌跡には

数々の有名なプロレスラーの名前が散らばってました。

誰もが知ってる、ジャイアント馬場に、アントニオ猪木、
テリー・ファンク、ドリー・ファンク・ジュニア、スタン・ハンセン
ニック・ボックウィンクル、フリッツ・フォン・エリック、
天龍源一郎、マサ斎藤、そして、力道山までも。

グレート小鹿として、彼が歩んできたこれまで、

日本プロレス

NWA

全日本プロレス

DDTプロレスリング

プロレスリングFREEDOMS

大日本プロレス

新潟プロレス

と、数々の団体を移り歩き活躍したきたその様に、
御年77歳、未だ、現役で、ヒーローを引き立てるヒール役、
そして、チャンピオンでもあり続けている
彼の生き様に、感動。

そして、子供のころのプロレスの思い出とともに、
今夜は、「元気」もらえました。(^o^)v